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September 2011

ボクの街2011/LUMIX GF1(後編)

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僕がよく遊んだ公園。僕が通った小学校は集団登校をしていたので、登校班の集合場所はこの公園だった。滑り台やシーソー、そして大好きだったブランコがあった。でも今は鉄棒だけしか残っていない。この鉄棒は僕が遊んでいたころと同じもの。この写真で言うと右下側が府営住宅の方で公園との境は道路だった。その道路を拡張するため、公園が1/3ほど削られてしまい狭くなっている。鉄棒のところだけ草が生えていないのは子どもたちが遊んでいるからではなく、どうやらここが近所の人の徒歩の通り道になっているかららしい。

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またまたスーパーマキノ(現・サンコー)の方へ。ニューホープ温泉の付近。居酒屋の破れ提灯。この居酒屋は比較的最近できたものだろう。名前に覚えがない。

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僕の家から一番近かったパン屋兼駄菓子屋。一時期営業していなかったと思うけど、それは気のせいだったのかな。この店ではなぜかカバヤのジューCを買ったのがとても記憶に残っている。今でも子どもがけっこう入っていたのでなんだか安心した。

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スーパーマキノの裏のどぶ川。元々は田んぼに水を引くための用水路だったと思う。この写真の反対側(背面側)には田んぼがたくさんあった。どんどん住宅になっていったけど。

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痛々しいサトちゃん。脳天と鼻をケガしてる。つま先はまだ未治療だし。新しいデザインのサトちゃんだから特に昔を思い出すようなものではないが、サンコーの入口に立っているサトちゃん。スーパーマキノ時代にはこの角に薬局があった。10円入れるとウィンウィンと動く乗り物があったな。鋳物の丸型ポストもここに立っていた。

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さて、牧野本町を離れてちょっと通っていた小学校(殿山第二小学校)の方へにじり寄って行こう。これは途中の東牧野にあった洗濯工場。時々帰り道のコースを変えて(ほんとは決まったところを通らないといけないのだけど)ここの前を歩いて帰った。いつもここは溝のところへ蒸気なんだろうか、ゴーッと吹き出していたり、煙が上がってた。湯気かな? 中でアイロンがけしている人などがいた。

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中を覗くと、ショーケースや作業テーブル、ハンガーやブラシなどの道具も少し残っている。いつ頃まで操業していたのだろう。中途半端な遺留品。このホコリの積もり具合、廃業して何年ぐらい経っているのだろう? そのあとここは何にも使われてないというのもさびしい限りだ。

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現在は[コノミヤ]の交差点と言った方がわかりやすいだろう。僕らが子どものころはここの信号の角(写真の左側)交番があった。その向こうは関西医大のテニスコート。道を挟んで右側は今でも関西医大のキャンバスだ。左側は東牧野の府営住宅の北限で、ここには僕の友だちが何人も住んでいた。東牧野の府営住宅は南側の地区は途中で招提小学校へ校区が分かれてしまった。北側は殿山第二小学校のまま。この校区分けは児童数が増えたからだが、府営の南地区より、僕が住んでいた牧野本町の方が殿二小との距離は遠いという矛盾を生んだ。

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もう開業していないと思うけど、内科のお医者さん[大野医院]。先生は女医さんだった。子どものころ風邪を引いたらここに連れてこられた。待合室には半立体の内臓模型の額入りが飾ってあり、なんだかそれが興味深いような不気味なような不思議な感じがした。

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正面が[枚方市立殿山第二小学校]。僕の母校である。最近は母校と言えども気軽に訪ねることはできなくなってしまった。つまらないなぁ。右は[招提保育園]。ここも僕の母園である。(母園っていうのか?)保育園はすっかり建物が建て替わってしまって全く昔の面影はない。小学校の前に文房具屋さん[ナポリ]がある。これは今もある。うれしいな。

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これは、11年前の写真散歩でも撮ってるお店だ。場所は牧野本町1丁目かな。昔の[マキノ百貨ストア]の近くである。ちなみにマキノ百貨ストアは公設市場方式。そのあと[メルカードマキノ]というスーパーになったが、それも今はもうない。跡地の一部にドラッグストアがあるのみ。そのマキノ百貨ストアを西に50メートルぐらい行ったところだろうか。11年前の写真では、店名が読み取れそうで読み取れないような感じだった。素直に読めば「すぐれ」のようだが、変体仮名を使っていればもう僕にはわからない。看板建築であることには変わりないがリフォームされていた。オードリーのポスターもなくなってしまった。

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荒物屋[丸天]の商店街を筋を南下する。再びスーパーマキノに近づく方向だ。途中に看板。「あの黄色い看板は何?」というようなお姫様はいない(笑) 道幅狭いからすれ違いのさいに当てられることが多いのだろう。ここは以前はうどん屋かなんかだったと思うけど、今はやってないようだ。

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さらに南下。表通りから一本東に。歩きや自転車の時はこっちをよく通ったものだ。旧・和光デンキの裏側を通る道。

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さてさて、ボンソワール(現・こぶし)、レストラン瀧の地点が見えてきた。ふりだしに戻った感じで今回の散歩を終わろう。ほんとは、もっと縦横無尽に歩いて、この街をつぶさに観察したいと思う。また近いうちに訪れよう。そしてレポートしよう。誰も興味なくても(笑)。[終]

Panasonic LUMIX DMC-GF1
LUMIX G 20mm /F1.7 ASPH.
2chome, Makino-honmachi, Hirakata City, Osaka, JAPAN
19. September 2011

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曼珠沙華と京阪電車とスライドショー
RIKENON散歩/ご近所編

▼今日はとても気持ちのいい天気。晴れで気温も爽やか。だからRyu Itsukiさん企画の改造レンズ、RICOH COLOR RIKENON 35mmF2.8 L mountをGF1に付けて散歩しました。オートフォーカスのようにさっさか撮れないけど、フィルムで撮るように1枚ずつ大切に撮るような撮影リズム。散歩写真はこれぐらいがちょうどいいんです。

 特にあてもなく、いつものように気になったものをパシャパシャと撮る散歩。帰ってから撮った写真を見ると今日は自動販売機横のゴミ箱が妙に気になったようです。なんかめちゃ生きものっぽいように感じたんで。ほかもに変なものがいろいろと気になりました。

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今日は徒歩のみで散歩。だから植物にも目がいきます。ちゃんと曼珠沙華(彼岸花)の咲いているのも見つけました。曼珠沙華って赤だけかと思ったら白もあるんですね。

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意賀美神社の階段の途中からの京阪電車。ここから見る電車好きなんです。

ほかにもいっぱい撮ったので、スライドショーでどうぞ。

Panasonic LUMIX DMC-GF1
RICOH COLOR RIKENON 35mmF2.8 L mount
with Leica L (M39) -> M4/3 mount adapter
by muk camera service
23 September 2011
Hirakata City, Osaka, JAPAN

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帰ってきたオートハーフSEを
RIKENONで撮ってみた

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愛用のリコーオートハーフSE。ファインダーの露出表示(露出OKなら黄色の○、露出不足なら赤の○)が黄色のまま動かなくなったので、Ryu Itsukiさんに修理をお願いしました。
 連休に間に合うように、超特急で修理を仕上げていただきました。感謝、感謝!

 なんと言っても、僕の子どものころを記録した“わが家カメラ”であるリコーオートハーフSE。直って帰ってきてとてもうれしいです。もう40年以上昔のカメラだけど、修理が利くところがいいですよね。それが金属カメラのありがたさ。きっと今のデジカメなら、40年経って修理ができるものは皆無でしょうね。

 というわけで、今日の写真はこのオートハーフSEをRIKENON 35mmとGF1でお帰りフォトを撮りました。僕はレンズの描写がどうとか、専門的なことはわからないけど、トイフォトエフェクトみたいなのを使わずに、このやさしいボケが撮れるのはいいとても気に入ってます。この写真は、撮ったままでサイズ変更しただけ。何のレタッチもしてないそのままで〜す。

Panasonic LUMIX DMC-GF1
COLOR RIKENON 35mmF2.8 L mount
with Leica L (M39) -> M4/3 mount adapter
by muk camera service

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ボクの街2011/LUMIX GF1(前編)[増補]

★写真を追加しました。

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連休最後の今日、僕はカメラを持って11年ぶりに僕の育った街を訪れてみた。それは、枚方の超ローカルなニュースと話題を集めたサイト「枚方つーしん」に掲載された1枚の写真を見たからだ。そう、ここが正に僕の育った街だった。無性に行ってみたくなった。

 11年ぶりと書いたように、僕はここを以前、ライカをぶら下げて歩いた。その様子は「ライカでラララ♪」の「ラララ♪写真展」に掲載した。(直リンクは→コチラ
 僕がこの街を離れて、もう30年以上になる。そう、もうそんなになるのだ。今回のこの写真散歩は全くもって僕にしか意味のないもので、他人に見せても退屈なだけのシロモノだけど…。

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スーパー[サンコー]のところを少し入るとある店[コーヒー・ジェリー]。この名前になったのはいつからだろう? 左側の自動販売機が並んでいるところが、昔はパン屋さんだった。ここはたしか神戸屋パンだったと思う。ここのパターリッチという菓子パンの中で一番安いの(たしか15円だったと思う)が大好きだった。パン屋とご飯屋か喫茶店が兼業の店で、パン屋の方は僕が小学生のうちにやめてしまったが、タバコ屋と喫茶店は続いていた。おつかいで親のタバコはいつもここに買いに来ていた。今でも喫茶店はやっているようだ。

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サンコーの裏の方に回るとお風呂屋さん[ニューホープ温泉]がある。ここは同級生の家でもある。今でも営業しているようでうれしい。僕は家風呂があったけど、時々ここに来ていたし、小学6年の途中で隣町に引っ越した時は文化住宅で風呂がなく、ここに通っていた。僕が来ていた時にはなかったコインランドリーができている(自動販売機が二つ並んでいるところの間が入口)。今日はおじいさんが洗濯が終わるのを退屈そうに待っていた。

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ニューホープ温泉の並びでもう少し東側にある、写真中央の[古本 学習院]という店は営業期間はそんなに長くなかったと思う。でもここで何度か本を買ったことがある。その中の一冊、新潮文庫『シャーロック・ホームズの思い出』コナン・ドイル/延原謙譯(昭和三十年八刷)がそうだ。「譯」の字をみても古さがわかるだろう。買った当時でも古い本だった。完全に新仮名遣いになりきっていなくて、少し旧仮名遣いの名残があり、また旧字体も交じっているというもので、その中途半端さからこの本に愛着を感じて今でも持っている。

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またサンコーの方を向くと緩い上り坂になっている。写真で黄色い庇テントのところ、昔はプラモデル屋さんだった。ここには用もないのによく通ったものだ。ここで零戦やガメラのゼンマイ走行するやつ(どっちも50円プラモ)はいくつ買ったか知れやしない。50円ごとにアトムのハンコをついたサービス券をくれて、それが何枚かたまるとプラモがもらえた。色を塗ってまで仕上げたプラモはひとつもなかったが、上級生が戦艦や戦車のプラモを買うのにあこがれたものだ。店頭に飾ってある店のおにいちゃんが作ったのは塗装もしてあってかっこよかったなぁ。そして店頭に十円玉を入れて自分で巻き取る綿菓子の機械があったのも覚えてる。

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[インテリア純]はカーテンやクロスのお店で、内装工事もやってたかも。しまったな、月曜はこの辺りは定休日なのかもしれない。営業しているのかもうやめてしまっているのかがわからない。インテリア純は保育園児のころときどきその店先でおっちゃんがソファの貼り替えなどをやっているのを少し離れたところからずーっと見ていたのを覚えている。そうこの店が使っていたクルマはちょっと変わっていた。今ならこういう商売ならトラックとか大きめのワンボックスだろうけど、ここのクルマはセダンで、後ろのトランク部分が蓋がないものだった。一応キャンバスのカバーは取り付けられるようになってはいたが、トラックとセダンのあいの子みたいなクルマだった。

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向かいの[ディナーハウス瀧]は僕が子どものころは[レストラン瀧]という名前だった。だから同じ人かその子どもさんがやっているんだろう。僕はここの焼き飯が大好きで母と時々食べに来た。焼き飯を頼むと味噌汁が付いてきた。普通は中華スープだと思うのだけどここは味噌汁だった。

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こちらは表通り。関西医大から荒物屋の[丸天]を南下する商店街の南端ぐらいの付近。最後がスーパー[サンコー]だから少し手前だけど。[マキノカメラ店]は今でもやっているようだ。たしか、我が家カメラのリコー・オートハーフSEはここで買ったものだったと思う。現像・プリントもいつもここに出していた。生まれて初めてコピー機でコピーをしてもらったのもこの店だった。この店の手前は生地屋さんだったかな。奥の方の今マンションになっているところは[和光デンキ]だった。和光のシャッターには松本零士の『光速エスパー』が描かれていた。
 マキノカメラ店、生地屋のもう一つ手前は食堂があったと思う。僕が保育園児だったころ、この辺りは大雨で浸水したことがある。僕の住んでいた家はここよりもさらに少し低いので大人の腰ぐらいまで浸かった。家は床下浸水だった。保育園から帰る時間になっても家に帰れないで、ここの食堂で待っているように言われて親の迎えを待っていたことを覚えている。家に帰ると床上までは来てなくて安心したけど、畳みが全部上げられていて不思議な感じがした。

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ヤクルトとメグミルクのお店は、僕の子どものころは雪印の牛乳屋さんだった。雪印の事件の後、ヤクルトの店になって、メグミルクの店としても復活したのかな。子どものころは牛乳を配達してもらったりしていたが、牛乳だと子どもはあんまり飲まないのだ。で、スノーラックという乳酸菌飲料に変えてもらってそれを飲んでいた。キャンペーン期間中に紙のキャップの裏側にアタリが出るとシールがもらえるというのがあって、アタリのキャップを握りしめてこの店にもらいに行った。夜行くと「そこの机の一番下の引き出しに入ってるから、好きなのを持って帰り」と言われて、自分で選んだ。おっちゃんはろくすっぽこっちを見てないので誤魔化して1枚2枚多くもらって帰ることもできたのだけど、そういうときはなかなかそんなことは思いつかないのだなぁ。

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観察しながらぐるぐる歩いているので、同じような場所が何度も出てくるのだけど、この写真。そう「枚方つーしん」に掲載された例の写真と同じショットで撮ってみたもの。[カラオケ喫茶 こぶし]は昔は[ボンソワール]というしゃれた名前のバーだった。今でも入口が二つあるが今は使っているのは左側の大きい方だけだろう。右側の黒い扉は2階へ上がる階段になっている。2階はビリヤード場だった。別に僕がここで遊んでいたわけではないが、覗いたことはあった。

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ボンソワールの右側が少し下り坂の道がある。そこを降りていくと僕の住んでいた家のある通りになる。この坂では小学1年のころ、僕が買ってもらった20吋の子供用自転車に母と二人乗りして遊びにでかけ(僕は後ろ)母はこの坂で僕を振り落として家まで走り去ってしまった。僕は振り落とされ右手に擦り傷を負いながら血をだらだら流して母を追いかけた。母はこう言った。「なんや、急に軽なったな、とは思た」

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僕の住んでいた通りだ。道の一番奥正面は[天龍]という名前の仕出し屋さんだった。一時期はスナックや屋上ビアガーデンなどもやっていたこともある。でも最終的には仕出し屋さんになっていた。僕が住んでいたのはこの通りの左側の奥で天龍に働きに来ていたおばちゃんにもかわいがってもらっていた。この通りはもうほとんどの家が建て替わっており、僕が住んでいたころの建物で残っているのは1軒ぐらいだと思う。すっかり様子が変わってしまった。もう少し広々とした感じがしていたのだけど、建て替えで敷地の道ぎわギリギリまで建物を出してきているので、なんだかとても窮屈な感じだ。もうほんとど知った人も残っていないようだ。

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同じ通りを振り返る。こうなると全く見覚えのない風景だ。よくよく見ていけば片鱗は見つけられるのかもしれないが。

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天龍のドン突きは実は行き止まりではなくL字に南方向へ道が続いている。これはその南方向を見たところ。こちらも僕が住んでいたころの建物はほとんどない。唯一正面に見える車庫だけが昔からある。隣の家は後で建ったもの。

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さて、このブルーシートがかけられた建築中の家のところが僕が住んでいた家があったところである。半年ぐらい前にはまだ建物は存在した。(11年前の写真と比べてみよう! →11年前の写真)取り壊して新しく建てているのだ。ここが売りに出ていることは知っていた。できることならここを買い戻したいとも思ったが、いろいろ考えてあきらめた。僕は今でも時々ここに戻ってくる夢、ここに住んでいる夢を見る。自分の家というイメージはこの街なのだ。魂はここに戻りたがっている。しかし、もう家はなくなってしまった。取り壊すならその前にもう一度入ってみたかったなぁ。

 というわけで、今回は僕の住んでいた街をだらだら歩いた記録の前編。もう帰る場所をなくしてしまった、うずらまんの魂はどこを彷徨うのだろうか。後編に、乞う御期待!

Panasonic LUMIX DMC-GF1
LUMIX G 20mm /F1.7 ASPH.
2chome, Makino-honmachi, Hirakata City, Osaka, JAPAN
19. September 2011

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夜散歩/守口編「足手まとい」
IXY DIGITAL 10

平日は仕事の行き帰りにも写真を撮る。毎日撮るかというとそうでもないけど、カメラはいくつか鞄に入ってる。たいがいは夜写真。それでも写真を撮ることは楽しい。ISO1600の高感度のノイズのざらつきが結構好きだ。

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電通大付属高校と京阪電車の高架のすき間。

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京阪電車の守口変電所。小さい変電所。守口に京阪電車の車庫があったときはその敷地の端っこにあったのだろう。車庫が萱島に移転して跡地が京阪百貨店の駐車場に。今は間に建物も建って、なんか忘れられたような存在。

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壊してる。ここは京阪タクシーの守口営業所だったところ。京阪がタクシー事業から撤退してしまったので、建物も壊しているのだ。さびしいなぁ。

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普通は木を支えるためにあると思うが、この支えは支えになってない。腰砕けで、逆に木に支えてもらっている。木の足手まといになっている。

Canon IXY DIGITAL 10
5.8-17.4mm 1:2.8-4.9
f/2.8 ISO1600 5.8mm
(35mm EQIV.35-105mm)

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新発売の古いレンズ
COLOR RIKENON 35mmF2.8 L mount

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今日届いたばかりのレンズです。COLOR RIKENON 35mmF2.8 L mount。Ryu's Officeのショップで新発売になったもの。受注生産品です。

 このレンズ、おそらくRICOH Hi-Color 35Sに付いているレンズだと思います。それをRyu Itsukiさんがライカのスクリューマウントに改造してレンズ単体でショップのラインナップに。このレンズはRICOH GXRにライカMマウント互換のA12 MOUNTが発売されたことから、RICOHのカメラに付けるRICOHのレンズが欲しいということで企画されたものだそうです。

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 しか〜し、僕はGXRは持っていないので(笑)す。でもこのレンズをRyuさんのページで見たときにかっこいいなぁと一目惚れしちゃったんです。で、すぐさま申し込みました。Lマウントなら、ライカで使うこともできるし、そう、[muk]エムユーケーカメラサービスのライカL→マイクロフォーサーズアダプタを使って、LUMIX GF1に付けて使うことができるではないですか!

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 「一眼だと寄れますよ」とRyuさんからのmailにあったので試してみると、なるほど最短撮影距離約40センチでした。でも35mmレンズ(35mm EQIV.=70mm)なので、けっこう寄れます。これだとテープルフォトにも使えますね。こりゃいいや。

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 ライカだと距離計とは連動しないので目測ですがGF1などの一眼だとピントは合わせられるし、絞りはマニュアルだし、かなりいい感じです。とても軽くてコンパクトなレンズなので、ブラパチに重宝しそうです。

 というわけで、今日はあいにく夜なので、室内での試し撮りしかできませんでしたが、連休もあるしこれで散歩カメラして楽しもうと思います。

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Panasonic LUMIX DMC-GF1
RIKENON 35mmF2.8 L mount
1/30, ISO800, F2.8
Leica L (M39) -> M4/3 mount adapter

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IXYらしい最後のIXY
IXY DIGITAL 10

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はい、またカメラです。Canon IXY DIGITAL 10 5.8-17.4mm 1:2.8-4.9。トイデジカメラよりも安く入手。だからトイデジなんて必要ないってば(笑)

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元々IXYはキヤノンのAPSのカメラとしてスタート。そしてキヤノンがデジカメPowerShot A5で、デジカメのIXY化の方向性を見せました。A5は見かけのデザインはIXYっぽかったけど一回り大きかったんですね。だからIXYの名前が付けられなかった。そしてその後、デジカメのIXYは出てきます。

 IXY(以下デジカメの方)のデザインはやがて分派していきますが、この基本のスタイルを守っているIXYが一番好きだなぁ。四角くて小さくてそしてファインダー付き。10の後継機として20 ISなどが出ますが、ここからちょっとおかしな流れになってIXYに曲線デザインが入ってきます。ちょっとそれは好みではないなと。直線デザインの最終機なんで思いっきり直線デザインですね(笑)

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僕はメインのデジカメはLUMIXなんですが、IXYはLUMIXにない魅力があります。やっぱりデザインが一枚も二枚も上手(うわて)です。LUMIXがまだ分厚いずんぐりむっくりだったとき、既にキヤノンはこの基本形を製品化していました。ファインダー付きでこのサイズです。

 僕は既にCanon IXY Digital 40と50を持っています。(写真は50:左と10:右)別にシリーズをコレクションしようとしているわけではなく(笑) 最初40を愛用していたんですが、ヒヨコ(ヨメ)が使いやすくてスタイリッシュなのが欲しいというのであげちゃって、あわてて同じのを探したんですが、50が某ネットオークションで40入手時と同じ値段だったんで50を入手。40と50の違いは画素数だけ。40が320万画素、50が400万画素。それ以来、愛用してます。

 何がいいって、やっぱり小ささです。荷物を最小限にしたいとき、このカメラを持って出るととにかくあとで「しまったっ!」と思うことがありません。35-105mmで+デジタルズームがあるし、ムービーも撮れるし、長時間露光もできるし。ポケットに入れててじゃまにならないだけでなく、ボディも強いのでジーンズのお尻に入れていて不安になることもありません。迷うときはこれ。

 ファインダー付きで液晶は同時代のほかのデジカメと比べると小さいですが、そのおかげで操作ボタンのレイアウトに無理がなく、持つところが十分確保されている。そしてそれぞれのボタンが滑り止めの役目を兼用していたりして、考えられたデザインだと思います。表面の「Canon」のロゴはシルクプリントではなく浮き彫りになっていますが、これも指がかりになるんですね。

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50/40は2004年の発売。10は2007年。この3年の間にも出てたかもしれないですが、基本的なデザインは変わっていません。レンズも同じと思われ。比べると、液晶が少し大きくなったこと、スチルとムービーと画像表示の切り替えスイッチの位置が変わったことぐらいで、ほとんど違いがありません。画素数は10で700万画素になってますが。

 実はほかにもフェイスキャッチ機能や手ブレ補正はないものの手ブレしそうなときに1ボタンでISO感度を上げるISO感度ブースト機能などが密かに追加されています。小っちゃいけどなかなかやるのぅ。

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SDカードとバッテリーは底から。これも従来通り。最初に付いてるのが32MBちゅうのはご愛敬。2007年当時でももう32MBは逆に入手困難だったろうと思うけど。バッテリーはCanon IXY Digital 50/40と同じNB-4L。この同じバッテリーというのがけっこう助かったりするんです。充電器も同じだし、家族でバッテリーを共用できるし。シリーズ連番で集めるわけじゃなくてもそういう点で同じシリーズにしておくと便利。LUMIXでも我が家はそうしてます。

 商品としては、売れたんでしょうかね〜。エントリーモデルだったし、ホームセンターなどで安売りされていたし、手ブレ補正はないし、超人気大ヒットではなかったでしょうね。今のラインナップからはこのファインダー付きのIXYは消えてしまっていますね。だんだん液晶だけで写真を撮るのが辛くなってきた(眼に老人力が付いてきた)ので、ファインダーはやっぱりあると助かるんですよね(笑)

 さて、台風が去ったら、試し撮りにでかけよ〜っと(^ε^)

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■Canon IXY DIGITAL 10
 5.8-17.4mm 1:2.8-4.9(35mm EQIV.35-105mm)
 約710万画素 1/2.5型CCD
 ISO Auto/80/100/200/400/800/1600
 85.9(幅)×53.5(高さ)×19.4(奥行き)mm(突起部を除く)
 約125g(本体のみ)
 2007/3/15発売

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